大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)829号・昭54年(ネ)229号 判決
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【判旨】
一被控訴人が化学機械の製造を業とする会社であること、昭和五三年七月二四日被控訴人と控訴人との間に、従業員の派遣に関する契約が成立し、その契約内容を記載した覚書が作成されたことはいずれも当事者間に争いのないところ、成立に争いのない甲第一号証(覚書)によれば、右覚書の記載内容の趣旨は、(一) 被控訴会社はその従業員を同会社に在籍のまま控訴人方へ派遣し、控訴人の指揮命令のもとにその業務に従事させる、(二) 派遣の期間は原則として三か月とし、双方の業務上の必要によりこの期間を延長することができる、(三) 控訴人もしくは被控訴会社において必要と認めたときは、双方協議の上、派遣者を他の者と交替させることができる、(四) 派遣者の服務(就業時間、安全等)は控訴人の定めるところによる、(五) 派遣者の賃金は、控訴人の基準により計算された額を被控訴会社に対し支払う、というものであつたことが認められる。
二ところで、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、右契約成立にいたる経緯として、次のような事実を認めることができる。
1 被控訴会社は、前記のとおり化学機械の製造を業とする会社であるが、不況のあおりを受けて受注が減少し、昭和五三年六月項には事務系を中心に約三〇名の余剰人員を生ずるにいたつたことから、その処置に苦慮するようになり、労働組合とも協議した結果、三〇名程度の人員を交替で会社に在籍のまま他社へ派遣して軽作業に就かせること、その期間は一応三か月とすることで合意をみたので、早速その方向で余剰人員を活用することとなつた。
2 一方、控訴人は、法人を設立していないのにかかわらず、かねてより有限会社ツカハラ工業・株式会社ツカハラ工業の名称を用いて、労務者を他企業の事業場に派遣して就労させることを業としている者であるが、従前、好況時に被控訴会社へも労務者を派遣してきたことがあつたことから、今度は被控訴会社が控訴人に右余剰人員の派遣先を斡旋してもらうこととし、同五三年六月二七日頃控訴人に対し、右の事情を説明して、労働組合との合意内容の趣旨に沿つた派遣先を見付けて斡旋してくれるよう依頼した。
3 右の依頼を受けた控訴人は、ただちに適当な派遣先の物色にとりかかり、各企業と折衝した結果、脚立及びアルミ梯子の組立作業をする長谷川工機で五名、鉄建材料の修理の作業をする広瀬綱材で二名及び船内の内張作業をする日立造船で三名の派遣要員を必要としていることが分つたので、同年七月一一日頃その旨被控訴会社へ連絡したところ、被控訴会社では、その作業内容等を検討し、結局、事務系の従業員の従事できる軽作業としては、長谷川工機の仕事しかないということになり、他の二社の話は断つて長谷川工機の件だけを進めて貰うことに決定した。
4 かくて同年七月一七日頃、被控訴会社の従業員五名を一旦控訴人方へ派遣したうえ、さらに控訴人からその指揮監督のもとに長谷川工機に派遣することが本決まりとなり、派遣開始の日(同月二四日)や賃金その他の労働条件についても合意が成立するにいたつたが、被控訴会社としては、その他にまだ二社程度同様の方法で従業員を他社へ派遣したいと考えていたので、控訴人にもその旨依頼するとともに、長谷川工機への派遣が開始された同月二四日、控訴人との間で従業員派遣契約を結ぶ際の基本的ルールを合意しておくのが適当と考え、被控訴会社側で起案した前記覚書に押印を求める形で前記のごとき契約を締結することとなつた。
以上の事実が認められる、<る。>そうすると、昭和五三年七月二四日当事者間で成立した前記契約は、個別具体的な従業員派遣契約を規律する基本契約たる性質を有するものであつて、その契約から直接に具体的な権利義務関係が発生するようなものではなく、そのような権利義務関係は、この基本契約とは別個に、特定の派遣先が合意決定された時点で改めて締結される個別具体的な従業員派遣契約に基づいて生ずるものといわざるをえないのである。
三控訴人主張の昭和五三年七月二四日付の覚書による契約が右のごときものとするならば、被控訴会社としては、これに基づいて控訴人に従業員を派遣する債務を一般的に負担するものではなく、したがつて、かりに被控訴人がこの契約を一方的に破棄したとしても、なんら債務不履行責任を生ずるものではないから、その債務不履行責任を前提とする控訴人の本件反訴請求は、すでにその点において失当といわなければならない。もつとも、控訴人の右反訴請求は、控訴人と被控訴人との間で同五三年七月一七日頃合意に達した長谷川工機への従業員派遣に関する個別具体的契約の一方的破棄を原因とする債務不履行責任を追求する趣旨をも含むものとみることができ、かつ、被控訴会社が同五三年八月七日、右基本契約とともに長谷川工機への派遣に関する具体的契約関係をも同月一一日限り解約する旨控訴人に申入れたことは被控訴人の認めて争わないところであるが、被控訴人は、右解約の申入については控訴人においても異議なくこれを了承して合意解約が成立し、それに伴う損害賠償についても権利を放棄する旨言明したものであると主張し、控訴人はこれを争うので、以下この点について検討するに、<証拠>によれば、右解約申入にいたる前後の事情として、次の事実を認めることができる。
1 長谷川工機において派遣従業員の従事すべき作業は、前記のとおり脚立及びアルミ梯子の組立作業で、事務系の職員でも容易にできるような軽作業であるとの触れ込みであつたところ、実際に就労してみると、予想外に厳しい作業であつて、派遣従業員にはとうてい耐え切れないようなものであつたばかりでなく、長谷川工機側から、派遣従業員が次々交替するようでは困るので交替しないようにとの強い要請があつたことから、被控訴会社の労働組合では問題を重視し、同年八月二日頃会社に対し、人道問題でもあるので早速に長谷川工機への派遣従業員を引揚げ、今後一切社外派遣をしないよう申入れた。
2 そこで被控訴会社では、すぐに手配して実情を調査したところ、ほぼ労働組合のいうとおりであつたため、同月七日派遣従業員を引揚げるよりほかはないとの結論に達し、同日控訴人に対し、右の事情を説明して盆休み直前の同月一一日限り長谷川工機への派遣を取り止めるとともに、今後一切社外派遣はしないことに決つたので了承してもらいたい旨を伝えたところ、控訴人においても事情を諒としてこれを承諾し、派遣従業員の穴埋めは控訴人の方で手当てしておく旨返答しただけで、被控訴会社側の非を責めたり、損害賠償請求権の行使を留保する旨述べたりするようなことは全くなかつた。
3 そこで被控訴会社は、右申入れのとおり同月一二日以降派遺従業員を引揚げたが、これに対しても控訴人からはなんらの異議や抗議もなく、そのままになつていたところ、同月三一日になつて突然、控訴人から被控訴会社に対し、右従業員の引揚げは被控訴人の一方的契約破棄であるとして損害賠償を請求するようになり、やがてその請求金額も二〇〇〇万円に達するようになつた。
以上の事実を認めることができ、<る。>しかして、右認定の事実からすると、控訴人と被控訴人との間で成立した長谷川工機への従業員派遣に関する具体的契約も、当事者間の合意によつて解約されたものであり、しかもの際、右解約に伴う損害の賠償問題についてなんらの話合いも明示的合意もなされなかつたところからすれば、かりに控訴人に右引揚によりなんらかの損害が生じたとしても、控訴人においてその賠償を請求しないことを黙示的に合意したものと認めるのが相当である。のみならず、被控訴会社が長谷川工機からその従業員を引揚げたことによつて控訴人が失つたと主張する得べかりし利益についても、控訴人本人がこれを喪失したと供述するだけでその裏付はなんら存在せず、しかも他にこれを認めるに足りる的確な証拠は全く見当らないから、損害の額は勿論、その発生の点すらこれを肯認することはとうていできないというよりほかはない。
(唐松寛 藤原弘道 平手勇治)